南房総市に住んでいると、人口減少という言葉はもう特別な話ではなくなった。学校の統合、行事の簡素化、空き家の増加。どれも日常の延長線上にある出来事だ。一方で、行政の資料や計画書には、今も「活性化」や「人口増加」という言葉が並ぶ。だが住民として感じるのは、人口減少を前提にしたほうが、むしろ行政の仕事は自然で、軽くなるのではないかという実感だ
はじめに|人口減少は、もう特別な話ではない
南房総市に住んでいると、「人口減少」という言葉に強い感情を動かされることは少なくなった。
ニュースや統計で見ても、「やっぱりそうだよね」という確認作業に近い。
身近なところでは、小学校の統合が進み、使われなくなった校舎がそのまま残っている。
地区の行事は年々規模が小さくなり、「できる人だけでやろう」という空気が当たり前になった。
誰かが決断したというより、自然にそうなった。
この「自然に」という感覚が、南房総市の日常だと思う。
一方で、行政の資料や計画書を見ると、今も「活性化」「誘致」「増やす」といった言葉が並ぶ。
ただ、住民として感じる実感は少し違う。
人口減少を受け入れた瞬間に、確実に楽になる行政業務がある。
それは理屈よりも、暮らしの中で見えてくる変化だった。
人口減少を「失敗」と考えると、仕事は増え続ける
人口が減ることを、行政の失敗だと捉えた途端、業務は増えていく。
失敗を取り戻すために、
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新しい施策を立ち上げる
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数値目標を設定する
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会議や説明資料を増やす
こうした流れが生まれる。
南房総市のような地域では、この作業が現実と噛み合わない場面をよく見る。
増える前提で描かれた将来像と、静かに減っていく現実。
そのズレを埋めるために、説明や調整が積み重なっていく。
一方で、「人口は減るものだ」と受け止めた瞬間、業務の性質が変わる。
仕事がなくなるわけではない。
ただ、無理を前提にした仕事が減っていく。
この差は、外から見ている以上に大きい。
計画書の中身が変わると、会議も軽くなる
人口減少を受け入れて最初に変わるのは、計画書の方向性だと思う。
これまでは、
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どれだけ人を呼び込むか
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どの層をターゲットにするか
といった問いが中心だった。
しかし南房総市で暮らしていると、こうした問いに現実味を感じにくい。
空き家は増え、バスの本数は減り、
「便利になる未来」を強く信じている人は多くない。
人口減少を前提にすると、問いはこう変わる。
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今いる人が困らないか
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どこまでなら維持できるか
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やめても支障のないものは何か
未来を盛るのではなく、現在を整理する。
この転換によって、会議は短くなりやすい。
「とりあえず作る資料」も減っていく。
公共施設を全部守る、という前提から離れる
南房総市には、人口規模を考えると公共施設が多い。
これは合併の歴史を考えれば、自然な結果でもある。
ただ、利用されていない建物を見るたびに、
「これを維持し続ける意味は何だろう」と感じることがある。
人口減少を認めない限り、
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使われていなくても点検は必要
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修繕計画は立てなければならない
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管理委託や契約更新が続く
仕事は止まらない。
人口減少を前提にすれば、
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役割を終えた施設を閉じる
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管理対象そのものを減らす
という判断が現実的になる。
これは冷たい決断ではなく、背伸びをやめる選択だと思う。
イベントは「続けること」が目的になっていないか
南房総市では一年を通して多くのイベントがある。
観光地としての側面を考えれば、自然な流れだ。
ただ、行政側の負担は小さくない。
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事前準備
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関係者との調整
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当日の対応
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事後の報告
どれも地味で時間を取られる仕事だ。
人口減少を否定していると、
「去年より盛り上げなければならない」というプレッシャーが生まれる。
人口減少を受け入れると、
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規模を縮小する
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地元向けに絞る
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無理ならやめる
といった判断がしやすくなる。
住民としては、そのほうがずっと自然に映る。
合意形成が、将来の話から今の話に戻る
説明会や協議の場でも変化は表れる。
人口増加を前提にすると、
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将来世代への影響
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拡張の可能性
といった、実感しにくい話を説明する必要がある。
人口減少を前提にすると、
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今の生活はどうなるのか
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何を残し、何を手放すのか
という、足元の話になる。
南房総市では、このほうが議論は進みやすい。
反対意見は出るが、感情的になりにくい。
結果として、調整にかかる負担も軽くなる。
南房総市で暮らす一人として思うこと
正直に言えば、南房総市の人口が再び増える未来は、私にはあまり想像できない。
ただ、それを不幸だとは思っていない。
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静かな暮らし
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無理のない距離感
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背伸びをしない行政
こうした価値は、人口減少を受け入れた先に残るものだと思う。
行政も、住民も、もう少し楽になっていい。
すべてを守ろうとしないこと。
それも大切な判断だ。
おわりに|楽になることを、もっと肯定していい
行政業務が楽になる、と聞くと後ろめたさを感じる人もいるかもしれない。
けれど実際には、
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職員の疲弊が減る
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住民との摩擦が減る
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本当に必要な仕事に集中できる
そんな良い循環が生まれる。
南房総市のような地域だからこそ、
「減ることを前提にした行政」という考え方を、
もっと自然に語っていいのではないか。
住民として、そう感じている。
この記事は、専門家でも行政職員でもない、南房総市に暮らす一人の住民として感じていることを書いたものだ。人口減少は確かに不安もあるし、失うものも多い。ただ、無理に増やそうとすることで、現場が疲れていく姿も見てきた。減ることを前提にしたとき、行政も住民も、もう少し肩の力を抜けるのではないかと思う。これは正解を示す記事ではない。ただ、同じような地域で暮らす人が「そうそう」と頷いてくれたら、それで十分だ。
